●薔薇咲いてふわりIII(藤本理江さんのこと)
理江さんと最後に一緒にお芝居をしたのは、もう11年前になります。
会社員をやりながら芝居をしていた時代、
「JUMBOシアター」という劇団で主に活動していました。
きっかけは学生時代の劇団「シアターレベルフォー」で
舞台・照明スタッフを担当していた先輩の理江さんから、卒業後の1997年、
自分で劇団を立ち上げて脚本・演出もやろうと思っているのだけど出てくれない?
と声をかけてもらったことです。
舞台屋さんのイメージしかなかった理江さんが脚本・演出??
と、正直、疑心暗鬼で参加した稽古初日に、
ほぼ直しどころのない完璧な台本を渡されたときには、本当に驚きました。
(そしてそれは毎公演、続きました)
出演は一回だけのつもりだったのですが、
誘われるがままに会社に行きながら時間をやりくりしつつ公演を重ねているうちに、
1999年、当時小劇場の若手劇団の登竜門的存在であった、
「パルテノン多摩小劇場フェスティバル」に参加することが決まりました。
すでに人気のあった他の劇団と同じ舞台に立って、
ちょっとその気になりかけたりもしました。
しかし、その時期から理江さんは体調を崩しがちになっていて、
ひどい時は稽古場に来て演出するだけでグッタリしてしまうような状態でした。
その後、僕は野田秀樹さんの舞台に出ることが決まって、
会社を辞めることにしました。
理江さんは、今後も一緒にJUMBOシアターで活動していかないかと誘ってくれました。
でも、先々への不安の中で劇団を背負っていくだけの余裕もない上に、
体調がなかなか回復せずボロボロになりながらも芝居を続けようとする理江さんを
これ以上見るのが辛かった僕は、その誘いを断りました。
理江さんはその後、舞台から離れて帰郷。
もともと大学で専攻していた絵を描き始め、
最近では個展も開いているらしいと、風の便りに聞きました。
長い年月の間でメールのやりとりを1、2度した程度、
そろそろ久しぶりに話してみたいな、と思いながらも
僕の怠慢ゆえになかなか実現しないまま、時間は過ぎていきました。
昨夏、本当にちょっとしたメールのやりとりを何年ぶりかにして、
次の個展こそは必ず行って近況を話そう、と思っていました。
理江さんの急逝の報せを聞いたのは、今年に入ってすぐのことでした。
学生時代からすでにプロの現場で仕事をされていた理江さんは、
仕事に関してはシビアで、僕もずいぶん怒られました。
その反面、とても人懐っこく、淋しがりで、
あんまり飲めないのに稽古や本番後の飲み会でみんなでワイワイやるのが好きで、
そして、作品をご覧いただければと思うのですが、
美しいもの、きれいなもの、かわいいものをこよなく愛する方でした。
体調が万全であれば、この先も絵画、舞台に限らず、
その他いろんな方面で才能を発揮され続けていたはずです。
改めて、心よりご冥福を申し上げます。
理江さんの遺作展が、10日から13日まで、表参道のギャラリー同潤会というところであります。
お時間のある方は、是非足をお運びくださいませ。
コメント
久々にブログに来て驚きました。
ばばあの群れの時に小劇場駆け出しで右も左も判らない私には、恐そうなやり手スタッフのお姉さんというイメージでしたが、JAMBOシアターの作品はあたたかいもので印象を改めたものでした。
私は交流はほとんどありませんでしたが、メンバーの面白エピソードなども教えてくれた、思い出深い方です。ご冥福をお祈りします。
Posted by: はやかわあゆ | 2011年12月 5日 19:31
>はやかわさま
コメントありがとうございます。
そうか、ばばあの群れではキャスト/スタッフの間柄だったもんねえ。
これからも、時々思い出してあげたりすると、
喜んでくれるんじゃないかなあと思ったりしています。
Posted by: 松下哲 | 2011年12月 6日 01:09
いつの話だってかんじですが、久々にブログのほう覗いたら、こんなことになっていたことに驚きました。
たぶん、ばばあのお手伝いをしていた高校生の私のことなんて覚えちゃいなかったと思いますが、
私はあのばばあで過ごした濃密な時間、出会った人たちのこと、すごくよく覚えています。
理江さんが、照明のこと教えてくれたこともありました。懐かしいです。
早く知っていれば、作品展見に行きたかったな。。
心よりご冥福をお祈りします。
Posted by: せきね | 2012年1月 9日 23:02
>せきねさま
じゃあ、エウロスの照明のばらしとかも手伝ってたりしたのかな。。懐かしいですね。
僕が言うのも変ですが、これからも、たまには思い出してあげてください。
Posted by: 松下哲 | 2012年1月 9日 23:40
理江さん、心からご冥福をお祈りいたします。
今になってしまったけど、まさかこちらで訃報を知ることになるとは思いもしませんでした。
私がレベルフォーのことを思い出すときは
必ず理江さんにたどり着く、というくらい記憶に残っていた方だったのに。
「いつか連絡しよう」ではダメですね。
Posted by: かよ | 2012年2月 2日 10:42
>かよさま
ごぶさたです!
元気にしてますか。
僕も、こんなふうに、いろんな方からコメントをもらったり、
やりとりをしたりするたびに同じことを痛切に感じていますよ。
やっぱり、残念だよね。
Posted by: 松下哲 | 2012年2月 3日 00:01
ものすごくタイムラグがあってすみせん。
松下さんのブログを久々にのぞいて、理江さんがなくなったことを今初めて知りました。
信じられません。
理江さんには、ばばあやJAMBOですごくお世話になったし、理江さんの感覚はすごく繊細で、一緒にオペをさせてもらって気持ちよかったことを思い出しました。
お別れのあいさつができなかったことが残念です。
ご冥福をお祈りします。
松下さん、ブログに書いてくれてありがとうございました。
Posted by: ゆっこ | 2012年2月24日 22:15
>ゆっこさま
ごぶさたしてます!お元気ですか。
ゆっこも知らなかったのか。。。
きっと、まだ知らない人がたくさんいるんだろうな。
なんにしても、伝わってよかったです。
Posted by: 松下哲 | 2012年2月24日 22:43
初めまして。藤本さんの同郷で、中学高校の同級生です。先日15年ぶりの同窓会があり、理江さんの訃報を聞きました。理江さんの江が母校に飾ってあるよ、と友人から連絡をうけネットでもみれないかな、と探しているちにたどりつきました。
なかなか卒業後、合う事もなかった同窓生が集まると15年前に戻ったようで、またその15年のことを報告し合ったのですが、改めて理江さんが「ああ、こんなことをしていたんだなあ…」と彼女らしいような、またそうでもないような、不思議な気持ちになりました。飲み会での席の彼女がなんとなく目にうかぶようで… この記事を拝見してよかったです。ありがとうございました。
Posted by: 松岡京子 | 2012年5月15日 18:35
>松岡様
はじめまして、松下と申します。
こちらこそ、少しでも理江さんのことを思い出していただけるきっかけとなれてうれしいですし、
改めて、書いてよかったなと思います。
ありがとうございました!
Posted by: 松下哲 | 2012年5月15日 22:57